【3展覧会同時開催】東京で見て感じる、芸工大生の「これまで」と「これから」 / 城下透子(卒業生ライター)

レポート 2024.03.19|

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4年間の結晶が集う【東京選抜展】

「東京展」は、美術科の卒業?修了制作のなかから、選りすぐりの作品が東京で展示される、いわば出張展覧会です。今回は、美術科と大学院の選抜作品が、上野の東京都美術館に集いました。

東京3展レポート
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コロナ禍を乗り越えた卒業生たち

芸工大は、山形という雄大な自然に囲まれた土地にあり、学生たちは4年間、この独特な時間の流れる地で自己表現に向き合います。東京展は、そんな山形で生み出された作品が、情報の中心地、東京でお披露目される年に一度の機会です。雪の降り積もるキャンパスでの展示から一転、モダンな空気漂う東京都美術館で、芸工大生の4年間の結晶を拝覧することができます。

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今回の主役となる2023年度の卒業生たちが例年と異なるのは、彼らは大学入学時、コロナ禍による自粛生活に直面していた点です。学生が大学に通うことができない状況で各学科の教員たちは思案を巡らせ、半年間のオンラインでの芸術教育を実現させました。学生たちもまた逆境に負けず、学びや制作活動に向き合ってきました。

筆者が展示作品を拝見して印象的だったのは、かつてイレギュラーなスタートを切った学生たちが手がけている……といったような、従来との違いを感じなかった点です。
むしろ一つひとつのスケールが大きく、各々のまっすぐな感性がしっかりと伝わってくる、いわば非常に芸工大らしい作品ばかりだった印象です。入学直後から半年間の自粛生活を経て熟成された各々の想いが、作品に表れていたのかもしれません。

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自己表現で欠かせないのは「受け手目線」

「東京展」のなかで特に印象に残った、洋画コースの森田翔稀さんの卒業制作『いくつかの窓につながれた肉』を紹介します。

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こちらの作品は、映像と石膏像を用いたインスタレーションです。森田さんは、入学当初は「洋画コースに入学したからには、卒業制作で大きな油彩画を描くんだ!」という想いを抱いていたそうです。しかし制作を続けていくうち、ふと「自分の表現したいことは、油彩というメディアでは伝わりきらないのではないか」という考えに至りました。以降は“自分が面白いと思えること”を軸に、自身のメッセージとの親和性の高い手法を模索してきた、とのこと。

そんな森田さんの卒業制作は、生まれ持った“肉体”という変えることのできないものと、変幻自在な“ヴァーチャルな身体”に着目し、両者の違いをテーマに制作されました。この作品では、中央に設置されたライフマスクに重なって映し出される森田さんが、ある日見た「夢」の内容を淡々と語ります。夢の中では、森田さんがシワや体型、また運動能力といった肉体の制限から解放される様子が描かれます。

筆者が個人的に惹かれたのは、ともすれば難解にもなり得そうなこの“夢の内容”が非常にわかりやすく、作品のテーマがよく伝わってきたところです。また、一見すると抽象的な映像のモチーフや音声も、“肉体”と“ヴァーチャルな身体”それぞれの存在を、言葉を使わずに表現するためのものだということも理解できました。

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これは、森田さんが「どうすれば多くの人に伝わるのか」を追求した結果だそうです。「作品を見てくれるのは、美術に詳しい人だけじゃない」ということを念頭に置き、ときには親御さんにも意見を求め、主観と客観のバランスを意識して制作に挑んだ森田さん。今回の卒業制作は、その“伝えようとする”姿勢と、模索してきた表現手法がマッチして生まれた作品といえます。

また、“伝わる”という点においては、東京展でほかにも感じられる場面がありました。同会場にて実施された、美術史家の山下裕二先生による公開講評がそれです。

青山先生インタビューの様子
ゲストの山下裕二先生による公開講評の様子

筆者自身、美術科の卒業生ほどは美術に明るくなく、講評に対しては「専門的な話が多くて難しそう」という漠然とした印象を抱いていました。しかし実際の講評を聞いて、その先入観が180°覆されたのです。
山下先生のお話は内容が明確で、各作品に対して先生が魅力的に感じられたポイントやその理由などが、誰にでも分かる言葉で語られていました。また、講評の場で発言していた学生たちのコメントについても同様です。説明が整理されており、話を聞くだけで「なぜ、どんな想いでこの作品が制作されたのか」がよく分かりました。全体的に内容が分かりやすく、終始ポジティブな雰囲気で進行していったので、筆者のように敷居の高さを感じていた方でも十分に楽しめた講評だったのではないでしょうか。

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先ほど紹介した森田さんの作品や、この講評の様子から、芸工大の教育では「きちんと“伝える”こと」が重視されているのではないか、と思いました。 芸工大の掲げる教育指針には、「社会性」「社会に興味を持つ」といったように、社会という言葉が何度も出てきます。

社会、すなわち他者とかかわって生きていくには、お互いを理解して考えや情報を伝えあう“コミュニケーション”が欠かせません。そして表現活動は、作品を通じて自身の想いを伝える行為なので、社会で生きていくことと同様に“伝える”こと、伝えようとする気持ちが必要です。今回の東京展からは、そういった芸工大のポリシーが感じられました。4年間、芸術を学びながら、社会で生きていくために必要なことを学べるのは、芸工大ならではの特色だと実感できる展示だったと思います。

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プロとともに作りあげた、唯一無二の作品が並ぶ【DOUBLE ANNUAL】

今回で2回目の実施となる「DOUBLE ANNUAL」は、姉妹校の京都芸術大学が主催する選抜展です。両大学の全学生を対象に作品プランを募り、そこから選ばれた10名によって制作された作品が、国立新美術館に並びます。

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同会場では、都内の大手美術大学による「五美大展」も開催されていたのですが、それにまったく引けを取らない存在感を放っていたのが印象に残っています。

「最高の展示」をとことん追求する体制

実はこのDOUBLE ANNUALは、単なる合同選抜展ではなく、非常に豪華な企画となっています。片岡真実さんが監修を務め、金澤韻さんや服部浩之さんといった著名なディレクターを招集しており、参加学生たちは制作から展示にあたって、プロの視点からフィードバックを受けます。業界の最先端で活躍するディレクターと直接コミュニケーションをとり、作品の見せ方まで含めた展覧会づくりのいろはを学ぶことができるのです。筆者が足を運んだところ、一つひとつの作品のレベルが高いのはもちろんのこと、空間が贅沢に使われており、まるで大手スポンサーのついた企画展のようだと感じました。

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DOUBLEANNUAL 会場の様子
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さらに、本企画にはもう一つ大きな特徴があります。選ばれた作品プランに対し、学部?学科の垣根を超えた教授陣による専門チームが結成され、学生と教授陣がともに作品の完成を目指していくという点です。学生だけでなく、教授陣も大変なプロジェクトではありますが、そのぶん生み出される作品は非常に質が高く、ある種のリッチさを筆者は感じました。

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今回筆者が気になったのは、美術科洋画コース4年生の木村晃子さんによる映像作品『黄金のペットボトル』です。まず洋画コースの学生が監督を務めた実写短編映画という点に、本企画の特色が表れていると思います。

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『黄金のペットボトル』

そもそも黄金のペットボトルとは、トラックドライバーが車内で排尿し、それを不法投棄したペットボトルのこと。 地元の福島県須賀川市に、黄金のペットボトルが頻繁に投棄されていることを知った木村さんは、大切な故郷がこのようなかたちで汚されている事実にショックを受けました。 そこで「この問題を解決するために、アートの力を使って、現状をみんなに知ってもらおう」と考え、映画の撮影に至ったそうです。

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『黄金のペットボトル』
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『黄金のペットボトル』

撮影に際しては、特別チームに配属された映像学科の教授と、木村さんの所属するゼミの、青山教授の協力がありました。 青山教授は木村さんの主体性を尊重しつつ、外部スタッフを紹介したり、トラブルが起きた際は相談に乗ったりと、さまざまな面で彼女をサポートしました。 「鷹のように、遠いところからいつも私を見守って、助けが必要なときに降りてきてくれる存在」だったと木村さんは言います。

映画撮影はチームワークそのものです。 各セクションがプロ意識をもって役割を果たす必要があり、監督にはそれらすべてを取りまとめて、作品を形にする役割が求められます。 木村さんはそんなハイレベルな取り組みに挑戦し、教授陣の力も借りながら、自身のセンスを最大限に生かすことで、唯一無二の映画を完成させました。

本作は、学生の制作モチベーションを応援し、教授陣が本人のポテンシャルを引き出す……といった、DOUBLE ANNUALだからこそ生まれた作品といえるでしょう。

目指していくのは「DOUBLE ANNUALらしさ」

第2回となる今回について、大学院芸術工学研究科長および美術館大学センター長を務める三瀬夏之介教授は「手探りだった昨年の経験を活かして進行させ、質の高い展覧会を作りあげることができた」と語ります。これからの展望は、DOUBLE ANNUALの手法が定着していき、トップキュレーターと一流のインストーラーとの協働によって時代を映す展覧会に育つこと。そして、学生たちがDOUBLE ANNUALでの経験を経て、世界のアートシーンへと飛び出していくことだそうです。

三瀬教授の感じている“芸工大の良さ”のひとつは、学生たちが等身大で制作に向き合っているので、誰かの価値観に左右されることなく、作品に多様性があるところ。 その一人ひとりの自由な発想に、ディレクター陣や教授陣といったプロフェッショナルの目線が組み合わさることで、よりユニークな展示となっていくのではないでしょうか。

なお、こちらの記事では、2023年12月に山形の芸工大本館で実施された、DOUBLE ANNUALの「プレビュー展」の様子を紹介しております。写真とともに各作品の詳細も掲載されていますので、併せてぜひご覧ください。

【2/24から開催?見どころ紹介】DOUBLE ANNUAL 2024 「瓢箪から駒—ちぐはぐさの創造性—」/アート?メディエーター 松本妃加(文化財保存修復学科 2年)?山根唯(文化財保存修復学科 1年)

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卒業後、作家として成長した姿を見ることのできる【ART-LINKS】

最後に紹介する「TUAD ART-LINKS 2024」は、先ほどまでの2つの会場とは異なり、芸工大を卒業した作家たちの作品が並ぶ展覧会です。都内5つの画廊の協力のもと、各会場で作品が展示?販売されます。筆者は今回、4名の作家たちの作品が並ぶ、新宿高島屋会場を訪れました。

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TUAD ART-LINKS 2024 新宿髙島屋の様子

卒業後もなお活動を支える、芸工大の支援体制

ART-LINKSを運営する、卒業生支援担当の酒井清一元教授は、本企画について「作家活動の出発を後押しする側面が強い」と言います。 大学を卒業すると、広いアトリエも、毎日仲間と一緒に芸術について語り合うコミュニティもなくなり、卒業生たちは孤独な状況に陥ります。 そういった状況下でも美術の道に向き合いつづけ、社会人生活と制作活動の両立を目指す作家の卵を支えるのが、このART-LINKSです。

酒井氏の言うように、目的は「作家活動の出発の後押し」なので、本企画はただ展示場所を提供するだけでは終わりません。 画廊のスタッフや来場客と接する際のマナーをはじめ、作家活動に必要なことを、展示を通じて卒業生たちが学ぶ場という役割もあります。過去にはコロナ禍で、作家の在廊が困難となったこともありましたが、教員が代理で出るなど工夫を凝らして乗り越え、今回で第9回を迎え、延べ162名の支援を行ってきました。 このことからも、芸工大は在学生のみならず卒業生の支援にも重きを置いていることがうかがえます。

作家生活のなかで生み出されてきた、いくつもの作品たち

筆者がART-LINKS新宿高島屋会場を拝見したところ、東京展やDOUBLE ANNUALとは、やはり雰囲気が異なると感じました。

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一人の作家が大小様々な作品を展示していて、“作家としての個性”がより前に出ているのですが、それらはどれも日々の作家生活でコツコツと作り上げられてきた作品たちです。そのためか、各作品は非常に手が込んでいながらも、同時にどこか身近な空気をまとっています。 壮大な作品を見るのも楽しいですが、このように日常の延長のような場で、洗練された美しさに触れられるのもまた、アートの一側面だということを思い出しました。

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卒業生作家たちに聞く、学生時代から現在に至る道のり/「TUAD ART-LINKS」トークイベントレポート 城下透子(卒業生ライター)

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大学と学生?卒業生のひたむきな想いを感じられた3展覧会

以上、東京都内で開催された「東京展」「DOUBLE ANNUAL」「ART-LINKS」の様子をお届けしました。 山形で花開いた作家性に、東京の地で触れることのできる企画が3つもあり、それぞれ特色がまったく異なっていたのがとても印象的でした。 いずれの展覧会も、学生や卒業生にとって非常に意味のある場であり、見る人にとっても価値を感じられるはずですので、今後もぜひ続いてほしいと思います。 次年度以降開催の際は、みなさまもぜひ足をお運びください。

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(文:城下透子、撮影:法人企画広報課?加藤)

城下透子(しろした?とうこ)

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東北芸術工科大学 広報担当
東北芸術工科大学 広報担当

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