文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

[優秀賞]
小麦澱粉糊とメチルセルロースの混合糊の基礎研究
李瑞娟
韓国出身 
東洋絵画修復ゼミ

 2021年4月から文化財保存修復研究センター東洋絵画修復室の受託作品の修理作業に参加し、それぞれの作業に適した接着力や粘度を調節するために、異なる接着剤を混ぜ合わせて使用する場合があることを知った。このような混合糊に興味を持ち、その中でも海外では一般的に使用されているが、日本では使用例が少ない小麦澱粉糊とメチルセルロース(MC)を混ぜた接着剤に注目した。小麦澱粉糊にMCを混ぜることで柔軟性が高まると言われている。このことから、柔軟性が重要な要素である装潢文化財修理でもこの混合糊が活用できるのではないかと考えた。本研究では小麦澱粉糊にMCを混ぜることでどのような効果がもたらされるのかを考察し、今後の装潢文化財修理への活用を検討するための基礎研究とすることを目的とした。

本研究は乾燥実験と裏打ち実験に分かれ、乾燥実験では接着剤の溶解実験と接着?剥離実験(図2)を、裏打ち実験では剛軟度測定と剥離強度試験(図3)を行った。接着剤は小麦澱粉糊、混合糊(75%:25%、50%:50%、25%:75%)、MCの五種類を、それぞれ1%、2%、3%に薄めて用いた。溶解実験では乾燥させシート状にした接着剤を水に入れ、重量変化により溶解速度を比較した。実験の結果から混合糊25%:75%が全ての濃度において溶解速度が早いことが確認された。接着?剥離実験では接着剤の乾燥有無による接着力の比較を行った。結果、直接接着剤を塗布した試料が、一旦乾燥させた後に加湿により接着剤を活性化させた試料(再加湿接着)より接着力が強いことが確認できた。また、再加湿接着はMCの割合が多いほど接着力を保つことが確認できた。以上の結果から、再加湿接着の場合、混合糊のMCの割合が多いほど加湿による乾燥させシート状になった接着剤の活性化速度が早く、接着力を保つため、濃度2%、3%ではMCの割合が50%以上、濃度1%では75%以上のものが作業に適していると考えた。

海外で小麦澱粉糊とMCの混合糊は再加湿接着に多く用いられる。再加湿接着は糊が作製できない環境での作業で大いに役に立ち、水分量のコントロールがしやすいという利点がある。このことから装潢文化財修理においてもこの混合糊は十分に活用できると考えられる。

本研究の剛軟度測定及び剥離強度試験では混合割合と柔軟性及び接着力との相関性を見出すまでには至らなかった。これらについて解明に繋げられるように実験を重ね、小麦澱粉糊とMCを混合して使う指針を示すことを今後の研究目標としたい。


杉山恵助 准教授 評
皆さんの好みの糊は何ですか?市販の糊には昔ながらのデンプン糊、小麦デンプンだけではなくタピオカデンプンを混ぜていたり、安価なコーンスターチを使用していたり、見た目ではわからない違いがあります。ソヨンさんは文化財保存修復研究センター3階の東洋絵画修復室で様々な受託研究作業に加わりながら、修復作業で使用される接着剤について考えました。西洋の紙資料保存修復に関する論文から、伝統材料である小麦澱粉糊にメチルセルロースと呼ばれるドレッシングなどにも食品添加物として使われる粘剤を混ぜ合わせる技法を知りました。それが掛軸や屏風の修理でも活用できるのではとの思いから、溶解試験、剥離試験、剛軟度試験など様々な実験と考察に邁進しました。「修復作業の実践」と「修復材料と技法の研究」に果敢に取り組む彼女の姿は、この文化財保存修復学科での理想的な学びであり、後輩の皆に輝いて見えたはずです。

図1.小麦澱粉糊とメチルセルロース

図2.乾燥?接着剥離実験

3.剥離強度試験の様子