文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

水浸した紙資料の滲みの比較について
中島夏美
保存科学ゼミ

 紙は古代から現代に至るまで使用されている一方、紙という物質特有の耐水性の低さ、衝撃や破損のしやすさなど便利であるとともに常に破損の恐れがある物質でもある。私が今回紙の水損に着目した理由は、大学一年の時に保存修復センターにて震災による津波の被害を受けた紙資料のクリーニングの手伝いに参加したことがきっかけであった。現代の紙資料が後世において重要な資料と扱われるとすれば、何かしらの災害によってそれらが被害を受けた時に現在使用されている紙は果たしてどれほどの耐久性を持っているのか疑問に思った。私は紙資料の被災に着目し、顔料及び染料がそれぞれの組み合わせによってどのような滲みの違いが起こるのかを調べることとした。

 行なった実験は紙に対するインクの滲みを観察する滴下実験、現代の紙資料が水被害に遭った場合を想定した手描きの紙資料の水浸実験、印刷した紙資料の水浸実験の3種類である。

 滴下実験の結果では、半紙とプリンター染料インクの組み合わせによる滲みが顕著だった。ビオラ再生紙では紙の内部に染み込むような滲みが見られ、厚手の紙よりも薄手の紙の方が滲みが広がりやすいことが分かった。

 手描きの紙資料の水浸実験では水性染料の滲みが顕著だった。水性顔料では紙の種類が違っても滲みが起こらなかったことから、水性の性質よりも顔料と染料の違いが顕著に現れた結果だった。

 印刷した紙資料の水浸実験では青色インクの滲みが顕著だった。フォントと記号の種類によっても滲み方に違いが見られたが、共通しているのは印字面積が大きいほど滲みがはっきりと現れる点であった。

 紙資料が水被害に遭ったことを想定して実験をした結果、使用する紙やインクで滲み方に差異が生まれる可能性が高いことを確認した。もちろん、どのような損傷状態になるかは、その時の天気や気温、その場所の水質なども大きく関わってくるだろう。しかし、重要な紙資料に関しては今からでも紙やインクの特性や相性、保管する場所や環境について考えていく必要がある。