歴史遺産学科Department of Historic Heritage

[優秀賞]
震災伝承計画と震災遺構の成立プロセスについての考察-仙台市、石巻市、気仙沼市の事例から-
渡邉美緒
宮城県出身
北野博司ゼミ

東日本大震災の発生から10年が経過した。大災害からの復興にあたり、災害による教訓の伝承を都市整備計画に反映させる自治体は多い。本研究では震災伝承の方法やそれを盛り込んだ都市計画を「震災伝承計画」とし、仙台市、石巻市、気仙沼市における震災発生から現在までの震災伝承の過程を、各自治体が公表する委員会配布資料、報告書、議事録並びに震災遺構でのフィールドワークをもとに整理した(図2)。またそれを踏まえ、震災伝承の考え方の自治体間での差異や自治体によって保存される震災遺構の特徴について考察した。

3市の検討過程やその結果から、震災伝承の考え方は自治体によって異なり、その違いは震災による被害の規模だけでなく震災以前からその自治体が持つ特色に大きく左右されることが分かった。また、共通点として震災被害だけでなく地域の歴史や地域とのつながりなどを含んでいることが分かった。

震災伝承に被災の記憶以外が含まれる理由には、外部からの来訪者への防災教育の質の向上と、地域住民への配慮の2点が考えられる。来訪者に対しては、震災前の地域の暮らしや歴史、また現在の地域とのつながりを示すことで災害が切り離された非日常ではなく日常の中で起きることに来訪者が気づき、災害や防災を他人事ではなく自分に起きる問題として考えてもらうことを狙っていると考えられる。地域住民への配慮については、来訪者が被災以外にも地域のことに目を向けられる震災遺構の整備をすることによって、震災伝承が震災遺構の保存反対に対する折衷案としての機能を持っていると考えられる

最後に、自治体により保存?整備される震災遺構には、そこで起きた出来事を問わずに学校施設が多く選定される傾向にあることが分かった。学校施設が保存されやすい理由として、多くの地域住民にとって思い出の場所であることと、地域のシンボルであることが挙げられる。

震災伝承計画は現在、そしてこれからも実行され続ける。復興事業が行われた街や整備?保存された震災遺構がどのような姿になったのか、震災伝承がどのように行われてきたのかを将来検証できるように、今後は対象を宮城県全体に広げることや時間と感情を軸にした研究が必要であると考える。


北野博司 教授 評
東日本大震災から10 年。人は節目、節目で過去を振り返り、未来を展望する。
この論文は、社会が震災をどのように記念し、記憶しようとしているのかを問う。震災遺構保存の可否、その選定にあたって遺族、被災者、市民、有識者など、各ステークホルダーの意見は分かれる。公共がそれらをどのように集約し、合意形成を果たしていったのか。自治体の会議資料を丹念に紐解き、現地を歩きながらそのプロセスを検証していった。それは自らが育った故郷の記憶、被災体験をリライトし、これからの10 年を生きていく指針を得る道行きではなかったか。
災害伝承、慰霊?鎮魂、防災教育。震災遺構は過去の被災の記憶を伝える社会的装置であるが、単なる記念碑ではない。その土地固有の自然、歴史文化的文脈のなかに位置付けて整備することが地域や外部の来訪者の未来にとって重要とする。
そこには現代が歴史遺産を継承していく意味は何か、という普遍的な問いが込められている。

図1.震災遺構仙台市立荒浜小学校

図2. 3市の震災伝承プロセス

図3.本研究で取り上げた震災伝承施設