文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

彫刻文化財保存修復を学ぶ修復初心者の摸刻制作による造形力の向上について
小林英理奈
宮城県出身
立体作品修復ゼミ

 現在日本における彫刻文化財修復は現状維持修復が基本となるが、仏像修復においては構造上補わざるを得ない場合や、信仰対象を考慮し尊容回復を目標とする場合、補作行為を行う。補作は本来現状維持修復の原則から慎むべきものであるため、根拠に基づいた欠損箇所の制作が必須である。つまり修復者には造形力が必要となる。造形力を高める方法として古くから摸刻制作が行われ、筆者も3年次に修復を学ぶ基礎として如意寺阿弥陀如来左手仏手レプリカの摸刻制作を行った(図1)。修復者が補作を行う場合、根拠を明確にし造形を把握した上で制作する。彫刻文化財修復の基礎を学ぶ者がこの一連の段階を踏めるまでには何らかの造形力向上の為の段階が必要である。そのため摸刻だけでなく、造形を想像し反映させる段階が必要と考える。そこで本研究では、彫刻文化財修復初心者の造形力向上の為の訓練の発展を目的とした制作を行い、実施した方法を考察し、想定制作が造形力向上の一助となり得るか検証する。
 左手現状摸刻制作は、トースカン(計測器)を使用したが、任意の高さに固定し線を引くことができ、摸刻対象の位置や高さを比較できるため(図2)、ある程度進んだ後で造形性を必要とする場面があった。一方で右手想定模刻制作は、トースカンは使用せず視覚や触覚を用いて彫り進めた。並べて比較観察すると共に、同時代の像を確認し造形性を意識して彫り出した。そのため早い段階で意識を向けており、平安後期の造形性をより反映させられた。また、右手の形を想定する上で、平安後期の類例や他時代と比較した上で制作を行ったことも大きい(図3)。
 左手現状模刻制作から右手想定模刻制作へのステップでは、左手を視覚?触覚で確認してから、右手に落とし込むため、造形を推測し思考する段階が生まれる。また、左手制作の経験から、平安後期の造形性を早い段階で意識し想像するため造形への思考力を働かせることができる。本制作では早い段階で意識し造形性を反映させることができたが、これは左手から右手へ造形を推測する段階が生まれたこと、摸刻制作の経験が基礎となったことが大きい。そのため、摸刻制作による学びを得て、次の段階として想定模刻制作を行うことで造形力向上に有効となる。さらなる造形力の為には、多くの造形を理解し経験を積み、技術を追求していくことが必要である。

図1 阿弥陀如来左手仏手レプリカ

図2 トースカンを用いた作業風景

図3 制作した左手仏手と右手仏手